アニメは大好きだが、俺は決してオタクではない。
オタクの最大の特徴の一つに、「客観性の欠如」というのがあると思う。要するに、アニメの世界、キャラ、そのものに入り込んでしまって、物語や世界を客観的に見ることができず、かわいらしいキャラに対して、ただ盲目に愛を注いでしまう。お客さんとしては優秀なのだけど、こういった人々は所謂オタクというジャンルに入るのだろう。そう考えると、自分はそうではないと思う。
かく言う俺も、極めて面白いアニメに出会うと、心が持っていかれそうになる時がある。アニメは心を鷲掴みにする要素で溢れている。そもそも実際の人じゃないから、どんなイメージでも投影することができる。最近の俺の場合、『コードギアス 反逆のルルーシュ』に持っていかれた。
心が持っていかれると何だかもやもやして、非常に気持ちが不安定になってしまう。アニメ以外ではこんなことはないのだけど、アニメは俺にとって感情移入しやすい対象なのだろう。当然、テレビシリーズなので、長い間見て感情移入しやすくなっているとも言えるけど。
そんな時、俺はこうやって決着をつける。それは
アニメのCV(声優のことを最近はこういうらしい)の実際の写真を見て、気持ちを冷却する
だ。これは効く。大好きだった世界の、大好きなキャラクターと声優の間には絶対にギャップがある訳で、それを利用し、自分に決着をつける。そして冷静な視点を取り戻し、制作のモチベーションとして利用させてもらう。どうよ、この方法?
しかしながら、声優の顔を見て逆に声優ファンになってしまい、帰れなくなってしまったら完全にオタクなのだろう。今のところそれは俺には無理。どう考えても、キャラクターと声優が重ならない。
ゆかなさんはものすごく素敵な声をしてらっしゃるが、実際にCCと比べると俺は現実に帰れた。カレン役の小清水亜美さんはかわいらしいが、やっぱりアニメには程遠い。
つまり、比べてみれば全然違うのだ。当然だけど。昔は今みたいに声優さんの写真って見られなかった。だから色々想像したし、そこから帰りにくかった。今は声優さんがBlogをやっていたりして、現実世界とアニメの境界線がある意味はっきりとしているので、俺は帰りやすいのかもしれない。
ところが、そこを超えてアニメと現実の境目を曖昧に、シームレスにできてしまう人々がたくさん現れた。アニメ見て、声優も見ても、両方とも受け入れてしまい、虚構の中で生きてしまう人たちがたくさんいる。
お客さんとしては一流(時には相当うざいんだろうけど)なので、それを狙った作品も数多く作られている。虚構でも現実でもお金を落としてくれるから。この手の人たちは昔からいたとは思うけど、最近は昔と違って、その市民権が認められている気がする。
色々書いてはみたが、この話はうまくまとめられないなあ。とどのつまり、制作者になりたいのならば、それなりの見方や姿勢が必要ってことなんだろう。結局最初の話に戻ってしまったけど。
面白いのが、最近のアニメでは「虚構と現実」の区別が付かない人々を、あからさまに否定する作品が出てきているということ。『エヴァンゲリオン』なんかもろにそうでしょ。『コードギアス』もそうだと思う。あんなに作品内でキャラクターに酷いことをするアニメってあまりない気がする。しかしながら、それすらも受け入れて、虚構、現実の境なく騒いでしまう。ある意味恐ろしい。どう考えても嫌がらせだと思うんだけどなあ。
でも結局メインのお客さんは「虚構と現実の区別がつかない大きなお友達」な訳で、その人たちを嫌っても嫌っても結局逃れられないのだろうけど。
今回は長くなってしまった。アニメが好きなだけに最近色々考える。