2010年8月10日

また一つ歳を重ねた

毎年一度必ず来る日。お誕生日おめでとう、俺。大台間近。そして毎年毎年、死に近づく実感を噛み締める日でもある。

何で歳とるのだろうか。その疑問は「何で生きているのか」と同義なのだけど、何時まで経っても多分根本的に解決できない問題。守るべきものも殆ど無いし、だからこそ自由に生きているけれど、それが正しいことなのかはよく分からない。

少なくともすでに道を大きく踏み外しているのは間違いない。まっすぐ歩いていたつもりだったけど、曲がってたみたいな感じか。でも未だにまっすぐ歩いているつもりだったり。多分このまま歩いていけば、いつのまにか何処かに辿り着く気がする。黒い森。そう、多分そこ。真っ黒な森。

僕の後で猫が床にべったりと寝ています。

2010年8月 3日

所在がない

西新宿に行った。つい先日損保ジャパンビルのトリックアート展に行ったので、さして久しぶりではなかったが、新宿中央公園の方まで行ったのはものすごい久しぶりではないか。

てくてく歩いていたら、突然所在がない感覚に襲われた。自分が誰でも無いような、何処へも行かないようなそんな感覚。周りを見渡すと、何処もかしこも人工的に作られたものばかり。かなりの確率で昭和に建てられたであろう高層ビル群は何だか薄気味悪く、何者でもない感じがした。

つまりあの辺りの磁場に自分の感覚が引っ張られた感じなのかもしれない。全くの人工、無個性。でも無個性ということは意外と個性的だ。

以前リリースしたboris「heavymetalme」というDVDで西新宿でロケをした。異様な無個性さに魅力を感じた記憶が蘇った。そうだ。

2010年7月30日

もう8月です

もうすぐ、もうすぐまた年を取るらしい。8月に入ったらあっという間に40歳にまた近づく。まさかここまで自分が大きくなるとは思わなかった。

確実に生き物として弱ってきている。年と、その他二つの要因ですっかり弱ってしまった。年を重ねれば、当然知識や経験は山積されていくけれど、結局忘れていくスピードもアップしているはずなのであまり成長はしていない気がする。

一定周期で森から降りていくと、必ず酷い目に遭う。やめれば良いのに降りるから。しかしながらたまには降りないと全体のバランスは取れない。でも酷い目に遭うとバランスは著しく崩れる。全力で一生懸命向き合ったところで、全く無駄。多分思いは絶対に通じない。安部公房じゃないけど、他者との通路の回復は夢のまた夢なのだろう。

結局バランスは悪くて、ぶっ壊れたままずっと続いていく。

2010年7月28日

エアコン

エアコンが辛い。身体が全体的にむくんでいる気がするし、何だか痛い。が、今年の夏はあまりに暑いので、結局つけっぱなしになっている。

去年まで寝るときはエアコンのタイマーを1時間切りにしていた。時折暑すぎて起きてしまったりしたが、基本的にそれで寝られた。が、今年は無理。元々不眠症なので、あまりに暑くて完全に不眠になってしまった。仕方が無いので、ここの所エアコンはずっとつけっぱなし。故に身体がやられている。でもそれなりに寝られるが身体がしんどいのと、寝られないで身体がしんどいのでは迷わず前者を取るので仕方が無い。

そもそも家のエアコンはあまり効かない。もう10年以上使っているものなので仕方が無いと言えばそう。買い換えればよいのかもしれないけど、お金もないし何だか面倒だ。そして車のエアコンも壊れているので、地獄だ。購入したマイファンモバイルは熱風が来るだけだし、周りを見渡しても俺の車だけ窓全開だし。首にぬれタオル巻くと相当マシなことは発見した。当然ながら他人は乗せられない。デートなんてもっての外だ。

今年は暑い。俺が子供の頃、エアコンなんてデパートに行かなければ味わえなかった文明の利器だ。家庭にあったのははめ込み式の、回転式のスイッチを入れると爆音で作動するおかしな機械。しかもあまり効かなかった。何でこんなに暑くなっちゃったんだ。と思いながら、本日もエアコン入れっぱなし。午前中は消しているけど。

2010年7月20日

安部公房

以前もリンクした安部公房のインタビュー。何度見ても本質的で、素晴らしい内容をさらっと言っている。地図になぞらえて、「無限の情報」という話をしてそれが入っていなければ作品とは言えないという部分。とても普遍的で、小説に限らず全ての表現活動に言えることではないだろうか。

見る度に発見があるのだけど、今回は後半の「他者とは何か」「他者との通路を回復しない限り、人間の関係というものは本当のものはできないんだ」という所が心に染みた。

「他者との通路」という言い回しが独特で、とても安部公房らしいと思った。結局人間は生きている限り、他者とのコミュニケーション、社会へのコミットは避けられない。でもそこには確実に壁が存在しているわけで、完全なる相互理解があり得ないということを前提に考えるならば、全く無駄にすら感じてしまう。何をやっても理解し合えないので無駄ということになる。

でも人間の面白くも素敵なところは、最終的にディスコミュニケーションになって失い続けるのが分かっていながら、コミュニケーションは止められない所ではないか。どうせ他人が自分の思い通りになる訳がないけど、一瞬でも他者との通路の回復ができる幻想を見てしまう。実際一瞬だったらあり得るような気がするけど、それすら幻想かもしれない。

年を重ねれば重ねるほど、と言ってもそこそこ若いけど、コミュニケーションの問題ってすごく気になって来る。昔は勢いで押していたけど、他者には当然ながら「心」や「気持ち」というものが確実に存在していて、それを蔑ろにしたり、踏みにじったりすれば他者との通路は回復しないということが分かってしまった。

しかしながらいくら他者を慮ったところで、他者は全然気にしてくれないかもしれない。それどころか、こちらとの通路をひたすら埋めようとしてくるかもしれないのだ。そこの思いの差異に作品を作ったりするモチベーションが落ちているのかもしれない。絶対にクリアできないことだからこそ、考えなくてはいけないことなのだ。

「人間ってしょせんいつでも何かを失っていく方が幸せだと思った」

その通りだと思う。何でもかんでも手に入れて行くのは無理だ。酷い目にあって、失い続ければ手に入るものもあるだろうし、失って精神的に辛かったとしても、どうせその内時間が経てば忘れてしまう。記憶には残るけど、痛みや悲しみはほとんどなくなっていく。そんなものだ。

ただ、失ってしばらくは酷く傷つくし、辛い。その中でまた、全然違う他者との通路の回復作業も始まるかもしれないし、何だかグルグル思考が回ってやっぱり答えなんて出やしないや。少なくとも安部公房はやっぱりものすごい作家だったというこは分かった。

2010年7月19日

最近の動向

楽しそうだったので久々に森から街に降りたら、酷い目に合わされた。最近はそんな感じ。

何だ、だったら森にいた方がよっぽど幸せだったなあ。

2010年7月15日

聞きたいこと

聞きたいことはそうじゃない。

「とにかくどんな形であれ、続けていきたいっす」

いや、そうじゃない。そもそもそんなんじゃ続かない。一見熱い言葉に見えるけど、実態は何も言っていない抽象的な意思表明。

聞きたいのはどんなモチベーションで、どんな事を、どうやってやり続けていくのかということ。生活の事、諦めなくてはいけないこと、具体的に考えなくてはいけない。

誰もがこんな感じで答える。でも、2年もしない内に絶対に諦める。当たり前だ。根本となるモチベーションがなければ、続くはずがない。世の中に恨みのないやつが何かを続けられるはずがない。

どの道続けたところで貧乏くじなのは眼に見えているので、とっとと止めた方が身のためだろう。まあそれができずにしがみついているのが俺なんだけど。

2010年7月14日

iPad

あちこちで引用されていると思うけど、宮崎駿監督がiPadについて興味深い発言をしている。

あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の感心も感動もありません。嫌悪感ならあります。その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。電車の中がマンガを読む人間だらけだった時も、ケイタイだらけになった時も、ウンザリして来ました。

資料探しの道具として使いこなせば良いのでは?という質問の流れで、時間をいただけるなら、文献を調べて取り寄せることもiPadで出来ますというインタビュアーの言葉に対して、

あなたの人権を無視するようですが、あなたには調べられません。なぜなら、安宅型軍船の雰囲気や、そこで汗まみれに櫓を押し続ける男達への感心も共感もあなたは無縁だからです。世界に対して、自分で出かけていって想像力を注ぎ込むことをしないで、上前だけをはねる道具としてiナントカを握りしめ、さすっているだけだからです。

一刻も早くiナントカを手に入れて、全能感を手に入れたがっている人は、おそらく沢山いるでしょう。あのね、六〇年代にラジカセ(でっかいものです)にとびついて、何処へ行くにも誇らしげにぶらさげている人達がいました。今は年金受給者になっているでしょうが、その人達とあなたは同じです。新製品にとびついて、手に入れると得意になるただの消費者にすぎません。

あなたは消費者になってはいけない。生産する者になりなさい。

テクノロジーを否定するつもりは毛頭ないし、否定すると俺のしている仕事は否定されるのだけど、こんなクソジジイは絶対に必要で、流石左は違うなと思ったのでした。怒るということは創作の基本であって、ここの所有名な制作者って匂いすらしないものを作りすぎなのではないだろうか。

2010年7月 9日

スターバックス鎌倉御成町店

kamakura_p01[1].jpgスターバックス鎌倉御成町店、びっくりした。何故びっくりしたかというと、この店『ふくちゃん』で有名な横山隆一先生の家の跡地にあるからだ。

実は小学生の時、横山隆一先生の家に宿泊したことがある。2泊くらいだったかな。同級生が横山隆一先生の孫だったのだ。邸宅は鎌倉市役所の真横にあって、母屋、仕事場、プールがあったと思う。

当時絵を描くことが大好きで漫画家を目指していた俺は、横山隆一先生と話せて小学生ながらとてもうれしかった。仕事場にある大量の鉄道模型も見せてくれた。確かHOゲージだった。夜に何故かプールに落っこちたこと。このプールはスターバックスになっても残ってるみたいだ。この店の存在を知って、簡単に全てを思い出せた。

横山隆一先生も、その同級生も今やこの世にはいない。でも、俺は何だか生きている。そして漫画家にもなっていない。売デザインと映像作品を作って何とか生きている。正しかったのかな?

この場所、是非行ってみたい。行かなくてはいけない気がする。鎌倉は子供の頃からしょっちゅう行っていて、色々縁がある場所だ。

2010年6月11日

この人かわいいな。モデルの竹下玲奈さん。微妙に大好きな知花くららさんにも似ている。どうやらこの手の顔でモデル系のお姉さんが好きらしい。笑顔がかわいらしいってのもポイントであろうか。

お姉さんと言っても間違いなく年下なんだが。

2010年4月25日

悲しすぎて見てられぬ

テレビをつければ、お笑い番組。ものすごいうるさい。すぐに消した。
そう言えば昔、良かったバンドが歌っていた。

それじゃあテレビを見るとしようか
悲しすぎて見てられぬ

正にその通り。無音の方がやさしい。

2010年4月16日

Now

今の気分は、コレダ!

2010年2月18日

怖い

何だか小さい怖い波が、少しずつ少しずつ近づいてきた気がする

窓ガラスを風が揺らしています

マリリン

バンクーバーオリンピックが始まった。スポーツ観戦には基本的に興味はないのだけど、オリンピックは面白い。普段は全くないナショナリズムが顔を出す。正にナショナリズムの祭典。

以前から話題になっていたが、カーリングの本橋麻里選手がとてもかわいらしい。感じも良いし、顔は何処と無く愛する岡本綾さんに似ているし、体格も結構がっしりとしていてストライク。どうも昔から細い女性が苦手。それにしてもタイプなんだよな。公式サイトの映像、もとはしチャンネルも面白い

カーリングのルールはよく分からないが、他の選手もかわいらしいので応援してしまう。DVDや写真集もあるみたいだし、買おうかと。ちなみにカレンダーもあった(笑)。